新聞の書評で知って読んだ。
今まで多くのナチスやヒトラーについての書物を読んできたが、アウシュヴィッツの内部をこれほどまでにリアルに描いたものはなかった。
あまりのむごさに、読み進めながら気持ちが塞がってくるのが自分でも感じられた。
この本は史実に基づいている。知らなかったが、この本の元になったヴィトルト自身が書いた『アウシュヴィッツ潜入記』も日本でみすず書房から出されている。
主人公となるのはヴィトルトという元ポーランド軍の将校で、農園経営者である。
彼は、ナチスドイツのポーランド侵攻と併合に対して抵抗組織に加わって戦う。
が、抵抗組織の指導部からアウシュヴィッツ収容所に潜入することを提案される。
新たにポーランド内に作られたたアウシュヴィッツ収容所に多くのポーランド人が連行されていたが、中からの情報がまったくないという事情があった。
潜入して抵抗組織に情報をもたらすこと、アウシュヴィッツ収容所内部で抵抗組織を創設することが任務である。
なぜ彼が潜入役として目を付けられたかというと、自分の直属の上司が反ユダヤ主義に近い立場から「ポーランド人のポーランド」を綱領化しようとするのに反対したからであり、それへの腹いせのような形においてである。
普通であれば、ここは断る。
すでに、ポーランド国内ではナチスの暴虐が吹き荒れていた。ナチスはポーランド人の抵抗を抑えるために、抵抗の核となると見られた知識人を見つけ次第、虐殺するか収容所に連行していた。
そこがどんなところかは、彼にもよくわかっていた。
しかも、彼には妻と二人の幼子が居た。
しかし、彼は何日か考える時間が欲しいと言い、そして祖国のためにはそれが必要だと結論し、志願する。
その彼のアウシュヴィッツ収容所内部での活動が、この本では延々と描かれている。
彼は、アウシュヴィッツ収容所が単なる暴力的な収容所(それ自体、凄まじいものであり、毎日、多くの人間が殺されていた)であったところから、ビルケナウ収容所が隣に建設され、文字通りのユダヤ人問題の最終的解決のための絶滅収容所に変貌していく過程を、身をもって体験するのである。
彼は、収容所の中で抵抗組織を作っていく。
それは最終的には1000人規模にまで拡大していく。
そして、様々な手段を使ってワルシャワの抵抗組織本部にアウシュヴィッツ収容所の現実を伝える報告書を何度も送る。
それは、最終的にはポーランド亡命政府に届き、チャーチルやルーズベルトにまで届く。
しかし、チャーチルやルーズベルトはこの報告を信じようとせず、また、後には別の報告書が届くことで信じるに至るのだが、ヴィトルトたちが切望したアウシュヴィッツ収容所への爆撃については、軍事資源の浪費だとして一顧だにしなかった。
なぜ自分たちが居る収容所の爆撃を要請したのかと言えば、その混乱を利用して多くの収容者の脱走を試みるためである。
もちろん、爆撃によって多くの収容者が死ぬだろうが、爆撃がなければ送り込まれたユダヤ人の皆殺しが続く。それほど切羽詰まった状況だったのである。
しかし、何事も状況が変化しないことに業を煮やし、ヴィトルトは自ら脱走する。
抵抗組織がアウシュヴィッツ収容所を襲撃し、それに呼応して内部から蜂起する計画を立て、外の抵抗組織に襲撃するように説得するためである。
ところが、脱出には成功したものの、なかなか抵抗組織の上層部はヴィトルトのことを信用しない。
次第にチャンスは失われていき、収容所内部の抵抗組織も多くのリーダーが殺されて蜂起を決行できる状況ではなくなる。
ヴィトルトはワルシャワの抵抗組織に加わり活動するが、ドイツの敗色が濃厚になった時点で抵抗組織はワルシャワ蜂起を決行する。
結局これは鎮圧され、ヴィトルトは捕虜となってスイスに近い収容所に送られ、そこでドイツ敗戦までを過ごす。
抵抗組織の参加者は戦争終結後はポーランド独立が実現されるものだと信じていたが、ヤルタ会談ではソ連が東ヨーロッパを支配するというお墨付きをチャーチルやルーズベルトは与えた。
抵抗組織は、今度はソ連の支配への抵抗を開始し、ヴィトルトもこれに加わる。そして、逮捕され、銃殺されるのである。
何という人生だろう。
ところで、この本を読みつつ、夜には何本かのナチス関係の映画を観た。他の楽しそうな映画は観る気にならなかったからだ。
1本は『大脱走』であり、これはスティーブ・マックイーンが主演し、共演には『電撃フリント』のジェームズ・コバーンやマンダムのチャールズ・ブロンソン、0011ナポレオン・ソロのデヴィッド・マッカラムらがいた。
これは、アメリカ空軍の兵士がドイツ軍の捕虜となって、収容所からの脱走を試みる映画であり、史実をある程度元にしているという。
そこで描かれている収容所は捕虜の扱いが国際法に準拠している。
その手ぬるさを逆手にとって、捕虜たちは脱走用のトンネルを掘る。
それが完成間際に発見されても、すぐに2本目を掘るのである。
アウシュヴィッツであれば、発見された時点ですぐに殺される。
なぜ、こうなのか?
もう1本の映画は、ネットフリックスのオリジナル映画『オペレーション・フィナーレ』である。こちらは、イスラエルのモサドに属するエージェントたちが、ユダヤ人大量虐殺で主要な役割を担ったアドルフ・アイヒマンを亡命先のアルゼンチンで拉致し、イスラエルに合法的に送り届け、裁判にかけるまでの物語である。
さて、この小説と映画2本を並行して読み、観ながら考えたことをいくつか書いておきたい。
1.アウシュヴィッツ収容所に志願して潜入するという選択に関してである。
自分に引き付けてみて、どうしてもこれだけはできない、選択不能だと思う。
例えば、その大義にある程度納得していて状況に強いられれば、死を覚悟して敵に向かって突撃するというようなことはできるかもしれない。
あるいは、ユダヤ人絶滅計画を立案し、自らはチェコ総督として残忍な支配をしていたハイドリッヒを暗殺するために、落下傘で潜入するというようなことも、ひょっとしたらやれるかもしれない。
しかし、どう考えても、アウシュヴィッツ収容所に潜入するという選択は自分にはできない。
それほど、人間の本性とかけ離れた決断がなされているという点に驚愕する。
2.そう思うのは、アウシュヴィッツ収容所では日常的な目を覆うような暴力、虐殺が蔓延しているからだ。
SSたちは収容者の中から自分たちに忠誠を誓いそうでかつ凶暴な連中を選んで、カポという手下にしていた。
この連中の凶暴性も本書ではくどいほどに描かれているが、ちょっと気に食わないと収容者を殴り殺す。それが毎日のように続くのである。
アイヒマンに関連していえば、裁判を傍聴し続けたアンナ・ハーレントが「凡庸な悪」と表現したことは有名だ。まるで役人が役所仕事をするように、大量虐殺を効率的に進めたその精神性について述べたものだけれど、この役人的な凡庸な悪はカポたちの非役人的なむき出しの暴力的な悪に支えられていたことは、絶対に忘れるべきではない。そして、こうしたことが日常的に繰り広げられているところに志願して潜入する、ということがいかにとんでもないことかと思うのである。
3.『大脱走』が描いた収容所が、アウシュヴィッツ収容所とは全く異なっていた理由は、この収容所はドイツ空軍の収容所だからである。
アウシュヴィッツなどの絶滅収容所はナチスのSS(親衛隊)の収容所であるところが決定的に違ったようなのだ。
映画を観る限りにおいてだけれど、第一次大戦時にはあったという敵味方であっても空軍パイロットには仲間意識があり、敵へのリスペクトがあったというが、それがまだかろうじて残っている感じがした。
それにしても、読み続けている間は重たい2週間だった。
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アウシュヴィッツを破壊せよ 上: 自ら収容所に潜入した男 単行本 – 2023/1/27
ジャック・フェアウェザー
(著),
矢羽野 薫
(翻訳)
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祖国ポーランドのために、自らアウシュヴィッツに投獄された男、ヴィトルト・ピレツキ。地獄の収容所で諜報員として活動した「平凡な男」を、さらなる過酷な運命が待ち受ける。
- 本の長さ296ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2023/1/27
- 寸法13.5 x 2.2 x 19.4 cm
- ISBN-104309228771
- ISBN-13978-4309228778
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商品の説明
著者について
ジャック・フェアウェザー著
イギリスの作家、ジャーナリスト。「デイリー・テレグラフ」紙のバクダッド支局長、ワシントンポストの映像ジャーナリストを経て、著述業に専念。本書は、25カ国で刊行され、世界的ベストセラーとなった。
矢羽野 薫(やはの・かおる)訳
翻訳家。訳書に『驚異の古代オリンピック:全裸の祭典』『毎日使える、必ず役立つ哲学』など、共著に『ニューヨーク・タイムズが報じた100人の死亡記事』などがある。
イギリスの作家、ジャーナリスト。「デイリー・テレグラフ」紙のバクダッド支局長、ワシントンポストの映像ジャーナリストを経て、著述業に専念。本書は、25カ国で刊行され、世界的ベストセラーとなった。
矢羽野 薫(やはの・かおる)訳
翻訳家。訳書に『驚異の古代オリンピック:全裸の祭典』『毎日使える、必ず役立つ哲学』など、共著に『ニューヨーク・タイムズが報じた100人の死亡記事』などがある。
登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2023/1/27)
- 発売日 : 2023/1/27
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 296ページ
- ISBN-10 : 4309228771
- ISBN-13 : 978-4309228778
- 寸法 : 13.5 x 2.2 x 19.4 cm
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