軍人皇帝時代(235年から284年までの約半世紀)を中心に、西ローマ帝国滅亡(476年)までのローマ帝国史を叙述し、支配者層の変動を叙述し、「ローマ帝国はなぜ滅んだか?」という超魅力的な問い(過去に210通り以上の答があるらしい)に挑戦した本である。なお、本書での、ローマ帝国の衰亡とは、西ローマ帝国の衰亡のことである(とされている)。
構成
序章(約11頁)・・ローマ皇帝の出身地、出自の変化、衰亡論争、古代中国との比較。
第一章(約28頁)・・セウェルス朝滅亡までのローマ帝国、都市ローマの繁栄。その後の軍人皇帝時代のうちのマクシミヌスからアエミリアヌスまで(235年から253年で計11人)。皇帝は、残酷トラキア人マクシミヌスを除くと、一応は元老院議員または騎士出身であったが、軍隊同士の内戦で殺され、または外敵との戦争で戦死して、帝位が移動する。
第二章(約26頁)・・ウァレリアヌス、ガリエヌス時代。ウァレリアヌスは敵軍(ペルシャ)の捕虜となって死んだ唯一のローマ皇帝として、ガリエヌスは優柔怠惰の快楽三昧馬鹿息子帝として、ギボン等で酷評されてきたが、近年再評価され、本書でも重要な役割が振られている。すなわち、ウァレリアヌスは元老院議員でありながら、元老院議員(文民、軍事素人)から軍事指揮権を取り上げる大改革を行い、ガリエヌスはそれを完成させたのである。一方、専門軍人を優遇し、中央機動軍を強化し、国内軍事は比較的安定する。
第三章(約23頁)・・軍人皇帝時代のうちのイリュリクム(バルカン半島)出身者皇帝時代(クラウディウス、アウレリウス、プロブス等。268年~284年)から、ディオクレティアヌス時代(284年~305年)まで。皇帝は二人を除いてイリュリクム出身者で、ギボンにローマ帝国の再興者と評されている。強化された中央軍の支持によって皇帝が選出され、皇帝が内戦で死ぬことはなくなった。(以後部下による殺害または病死または退位)。皇帝は、東方、西方で、外敵と戦い続け、ローマ市での滞在は少なかった。
第四章(約18頁)・・イリュリクム出身者皇帝の実態、権力基盤、歴史的役割の解析。辺境未開の出身なのに、積年の混乱を瞬く間に収拾し、ローマ帝国を再建したと評価する。しかし、後をついだゲルマンはローマ文明を活性化できなかったとする。中国史との比較。
第五章(約19頁)・・ローマの文人支配階級である元老院議員の政治キャリア、役職、文人的生活を描く。元老院議員は文人としての生活(文学的営為)を重要視しており、この点は古代中国貴族と同様であったが、古代中国では文人であることが支配層の条件として承認されていたのに、古代ローマでは個人的問題にとどまり、そのことが文明の衰退、帝国衰亡につながったとする。
第六章(約14頁)・・ディオクレティアヌス死後の内乱を経て、コンスタンティヌスの再統一、死(337年)まで。属州総督に元老院議員が任命されるようになって、元老院議員が復権するが、あくまで文官としての任用で軍事指揮権はなかった。
第七章(約22頁)・・コンスタンティヌスの死後、テオドシウスの死後の東西ローマの分裂(395年)を経て、西ローマ帝国の滅亡に至るまでを、かなり速足で物語る。
終章(約20頁)・・メイン・テーマの「ローマ帝国はなぜ滅んだか?」である。主張はおおむね次のようと思う。
●元老院議員は軍事の専門家ではなく、文人的志向が強かったが、3世紀までは、皇帝とともに、ローマ帝国を統治できていた。
●しかし、帝国の軍事情勢が悪化した軍人皇帝時代前半には、軍事素人の元老院議員による帝国統治の欠陥が露出し、ローマ帝国は危機に瀕した。
●この危機は、ウァレリアヌスによる改革(元老院議員の軍事指揮権取り上げ)、クラウディウス以後のイリュリクム出身者皇帝の奮闘で克服され、ディオクレティアヌスに至って、再建は完成した。しかし、死後、内乱状態となって、イリュリクム出身者の権力は低下する。コンスタンティヌスが帝国を再統一した時には、コンスタンティヌス自身はイリュリクム出身者だが、軍の主力はゲルマン人となっていた。
●軍人貴族同士は、イリュリクム出身者とゲルマン人の間にも婚姻が結ばれ、血縁関係が広がったが、元老院貴族と(騎士を含む)と軍人貴族は婚姻を結ばなかった。また、軍人貴族はあまりローマにいなかったので、元老院議員貴族の文人生活に染まらなかった。つまり、ローマ帝国の軍人貴族は文民化しなかった。婚姻が結ばれなかった理由は、元老院貴族と軍人貴族がお互いを嫌っていたからである。
●古代中国の民衆の大多数は武人ではなくて、文人を指導者として選んだので、異民族の支配層もやがて文人化した。しかし、ローマでは3世紀以後、元老院議員貴族を支配者として拒否し、武人をそのままで支配者として受け入れたため、軍人貴族は文人化しなかった。
●元老院議員に対する悪感情は、4世紀以後著しくなる。これは元老院貴族が所領からの収入等によって、ますます富裕豪華となり、貧富の差が拡大したこと、3世紀末に元老院貴族を含む都市の富裕者が、貧民への施与(エヴェルジェティズム)をやめてしまったことにある。これで、都市の富裕者層は帝国民衆の大多数の支持を失った。
●ローマ帝国という国家の滅亡の直接原因は、東西ローマ分裂以後、東西帝国の仲が悪かったことにある。
●しかし、元老院貴族と軍人貴族の分離も、ローマ帝国滅亡の原因である。統治層の軍人貴族は、軍事移動が多くて、都市富裕者との結び付きが弱く、血縁も進展しなかったので、人民の支持はあっても、権力が根付いておらず、ゲルマン戦士貴族が入ってくると、取ってかわられてしまった。
●ローマ文明は元老院貴族を中心とする都市富裕層の文明であり、元老院貴族が大多数民衆に支持されている限り、文明は発展存続したが、3世紀以後、その支持が失われ、足許が脆弱化した。ゲルマン人が入ってきても、ローマ文明は彼らを同化する力を持たなかった。
私的感想
●4人のユリアが性的魅力を駆使して、黒幕として大活躍したセウェルス朝が終わり、軍人
皇帝時代になってしまうと、女性は政治史から(というより、全叙述から)姿を消し、男達の内乱、外戦の話ばかりが続き、皇帝は次々変わるので、人気のない時代と思うが、第一章、第三章は読みやすく書けていると思う。しかし、エピソードの多い点では、塩野七生本(迷走する帝国)の方が面白い。ギボンの第一巻、第二巻はさらに面白い。
●第二章の支配者層の変動の叙述、第四章の新軍事支配者層の解析、第五章の元老院議員の政治生活、文人生活の解析は面白かった
●第六章、第七章は駆け足すぎるが、二章以後、全くローマ女性が登場しなかったのに、六章でファウスタがちょっと、七章末でガラ・プラキディアが本格的に出てきて、ホッとした。うれしかった。
「ローマ帝国」滅亡原因論についての私的感想
●滅亡原因としての「元老院貴族軍人貴族分離説」は大変面白かった。発展を祈る。
●せっかくなので、突っ込みどころを上げてみると
⒈比較対照している、古代中国論が、川勝義雄の無批判的受け売りではないだろうか。
⒉人民大衆の支持によって、権力が変動し、維持されるものなのだろうか? そうであっても、人民大衆は、より強いものを選ぶのではないか。文人か武人か、文化の香りが高いか低いかが、人民大衆にとって重要だろうか。(たとえ中国でも)
⒊元老院貴族の超ゴージャスな生活は描かれているが、軍人貴族の生活の描写はない。権力
を握っている以上、彼らも当然に富を蓄え、一族はそれなりの生活を送ったはずだが、人民大衆の嫌悪は、なぜ元老院貴族にだけに向かったのか。
4、著者は自説をロストフチェフに近いというが、ちょっと違うと思う。ロストフチェフは、ローマ文明の衰退は、下層階級の心的状態(知的活動に敵対的)が上流階級を支配するに至ったためとし、政治経済的には、漸次的水準低下を伴う、下層階級による上流階級の漸次的吸収があったとする。この背後にはロシア革命体験による階級闘争観があるが、本書は階級闘争論とは無関係のようだ。では、一般大衆とはいかなる人々を指すのだろうか?
⒌本書では4世紀の元老院貴族の豪奢な生活は描かれているが、その後帝国滅亡までにこれがどうなったか書かれていない。いくら元老院貴族が政治無知、軍事無知でも、帝国滅亡を喜んで見ていたとは思えないので、帝国防衛のために、軍人貴族と共同戦線を張るか、援助をしたと思われるが。
⒍元老院貴族は、内乱での処刑で数が減少し、不妊少産傾向でも数が減少したと言われている。しかし、軍人貴族との婚姻関係を嫌った嫌われたというのは、おおざっぱすぎるように思う。もう少し検討が必要ではないか。
⒎18頁の「ローマ帝国の末期に積極的な意義を認めることと、ローマ帝国の衰亡を問うことは、本来別問題であろう」の主張はかっこいい。しかし、前半のローマ帝国と後半のローマ帝国はちょっと概念が違うのではないか?
私的結論
大変面白かった。冒頭の地図はわかりやすいが、皇帝年表も付けてほしかった。
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軍人皇帝のローマ 変貌する元老院と帝国の衰亡 (講談社選書メチエ) 単行本(ソフトカバー) – 2015/5/9
井上 文則
(著)
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購入オプションとあわせ買い
共和政期以来、ローマ帝国を支えてきた元老院。しかし、軍事情勢が悪化し、貧富の差が拡大した三世紀以降、支配権はバルカン半島出身で下層民からのぼりつめた軍人皇帝の手に移る。アウレリアヌス帝、ディオクレティアヌス帝、コンスタンティヌス帝など、七七人中二四人が、バルカン半島出身の軍人皇帝である。ローマ文明を担うエリートの元老院の失墜と武人支配への変化を描き、ローマ帝国衰亡の世界史的意味をとらえなおす。
共和政期以来、七〇〇年にわたり、ローマ帝国を支えてきた元老院。
しかし、軍事情勢が悪化し、貧富の差が拡大した三世紀以降、
支配権はバルカン半島出身で下層民からのぼりつめた軍人皇帝の手に移る。
アウレリアヌス帝、ディオクレティアヌス帝、コンスタンティヌス帝など、
じつに七七人中二四人が、バルカン半島出身の軍人皇帝である。
ローマ文明を担うエリートの元老院の失墜と武人支配への変化を描き、
ローマ帝国衰亡の世界史的意味をとらえなおす。
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しかし、軍事情勢が悪化し、貧富の差が拡大した三世紀以降、
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アウレリアヌス帝、ディオクレティアヌス帝、コンスタンティヌス帝など、
じつに七七人中二四人が、バルカン半島出身の軍人皇帝である。
ローマ文明を担うエリートの元老院の失墜と武人支配への変化を描き、
ローマ帝国衰亡の世界史的意味をとらえなおす。
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2015/5/9
- 寸法13 x 1.4 x 18.8 cm
- ISBN-104062586029
- ISBN-13978-4062586023
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (2015/5/9)
- 発売日 : 2015/5/9
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 224ページ
- ISBN-10 : 4062586029
- ISBN-13 : 978-4062586023
- 寸法 : 13 x 1.4 x 18.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 689,974位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 901位講談社選書メチエ
- - 1,842位ヨーロッパ史一般の本
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2015年5月31日に日本でレビュー済み
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2021年1月27日に日本でレビュー済み
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3世紀にローマ帝国が危機を迎える中で、イリュリア人と呼ばれるバルカン半島出身の軍人皇帝の時代が到来する。
そして、それは西ローマ帝国の滅亡(すなわち古代の終わる)時まで続くことになる。
そこには、ゴート族をはじめとする蛮族の侵入を背景にしつつ、元老院の文人貴族の凋落という支配階級内部の力関係の変化が大きく関係した、とういのが本書の主張である。
おおむね納得できる。
が、読み終えるのに予想外の時間がかかってしまった。
やはり古代ローマ史は、共和政時代からアウグストゥスの時代までが最高に面白く、せいぜい拡大しても五賢帝の時代までであって、滅亡に向かう時代の話は人物も複雑すぎるのもあるが、あまり興味が持てないというのが本音かもしれない。
そして、それは西ローマ帝国の滅亡(すなわち古代の終わる)時まで続くことになる。
そこには、ゴート族をはじめとする蛮族の侵入を背景にしつつ、元老院の文人貴族の凋落という支配階級内部の力関係の変化が大きく関係した、とういのが本書の主張である。
おおむね納得できる。
が、読み終えるのに予想外の時間がかかってしまった。
やはり古代ローマ史は、共和政時代からアウグストゥスの時代までが最高に面白く、せいぜい拡大しても五賢帝の時代までであって、滅亡に向かう時代の話は人物も複雑すぎるのもあるが、あまり興味が持てないというのが本音かもしれない。