『怪しいものたちの中世』…中々魅力的な響きである。
だが、本書の中で実際に「怪しい」と言えるのは第一章の詐欺師くらいのもので、その大半は境遇に恵まれなかった者、負けた者、泣いた者、そして壮絶な死を迎えた者達である。
即ち、時代に翻弄された人々こそが本書の主役であり、これは下記の概要を見ただけでもお判り頂けるであろう。
第一章「中世の博打」
書名に一番相応しいと言えるのが本章。
博打…と言うと、恐らく多くの方が賭博師を思い浮かべるであろうが、彼等はまた、詐欺集団としても活躍した。
尚、簡略ではあるが、山伏、修験者、遊女に纏わる説話も紹介している。
第二章「夢みる人々」
藤原（九条）兼実の日記『玉葉』の記録から、彼の報われない日々、そして希望と挫折を経て遂に摂政・氏長者に上り詰めるまでの人生を「夢告」を通して考察。
第三章「勧進の時代」
東大寺別当として知られる永観、東大寺大勧進に就任した重源を中心に当時の信仰心や宗教の混乱を描く。
非常に複雑な事情を語る一方で、重源が天狗に浚われたという逸話の紹介もある。
第四章「異形の親王」
非業の死を遂げた以仁王、皇位継承の蚊帳の外に置かれた不遇の皇子女達、崇徳院の伯父子説や清盛の落胤説を検証。
第五章「法勝寺執行の系譜」
“六勝寺”の中でも、恐らく最大であったであろう法勝寺の執行達…正経、増覚、信縁に続き、俊寛、静賢、能円、章玄、そして尊長に至るまでを紹介する。
また、尊長の捕縛に関連して、北条義時毒殺説や長厳の怨霊説にも言及している。
以上が主な概要である。
『古今著聞集』等を引用しながら説話を紹介すると共に、様々な資料も用いて信憑性のある伝聞にも迫っているので「逸話と史実」の両方をバランス良く扱った内容ではあるが、本書の主役が「歴史の表舞台に立てなかった人」「敗者、或いはアウトサイダーとして名を残した人」であるだけに“裏側の歴史”に最も重点を置いているのは言う迄もない。
例えば、第四章は一般的に広く知られた内容が多いものの、以仁王の生存説が生まれた背景には清盛との対照的な人生があった事を見出しているし、清盛の「御落胤説」や崇徳院の「伯父子説」については、真実が闇の中である事を明記した上で、寧ろ、こうした話が実しやかに伝えられるに至った理由を考える事に力を入れているのだ。
著者が後書きにて、章を追う毎に「“怪しさ”の深刻さが増す」と評しているが、成程、次第に内容が複雑になって行くように感じられた。
尤も「怪しい」と言う表現が果たして適当なのか…と言えば、少々疑問が残らなくもない。
何故なら、決して「怪しい」の一言で軽々しく扱うべきでは無い壮絶な人生を送った人々が多く含まれているからだ。
だが、何れにしても、彼等が激動の時代を必死に生き抜いた事だけは確かであり、中世史の片隅で散って行った人達の生き様を見せてくれる本書は、非常に興味深く、且つ、ずっしりと重かったように思う。
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