戦後70年となる今年は、田中氏が外務省を退官し、有識者として活動を始めてちょうど10年になるという。職業外交官としての自身の経験やそこから導き出される考え方に焦点を当てた前二作とは多少異なり、本書は、日本総研国際戦略研究所というシンクタンクの理事長として、日本を取り巻く国際環境の構造変化やそれに伴う地政学リスクの分析も丁寧に行っている。
その上で、田中氏の本書における主張を(やや主観を入れつつ)簡潔にまとめれば、以下のとおりであろう。
1 日本を取り巻く国際環境が劇的に変化している中、受動的な姿勢で平和と繁栄を享受出来た時代はとうに終わった。緻密な戦略に基づいた能動的な外交を進めていかなければ、日本は国際社会の中でこのまま埋没していく。
2 しかしながら、現状を見るに、鬱積した日本人のナショナリズムに応えるように、外交に対する十分な知見のないポピュリズムに染まった政治家の独善的な意見がもてはやされている。更には、プロフェッショナルとして本来それを諌めるべき外務官僚が、強権的な政治の顔色ばかり伺い、その機能を十分に果たしていない。日本がこれから直面するであろう数々の困難を思う時、日本の平和と繁栄を確保し、増進していくことは、もはや「挑戦」と呼ぶべき、非常に険しい課題であることを認識しなければならない。
3 そうした「挑戦」を成し遂げるためには、外交政策に対する健全な世論やそれを生み出す強固な外交基盤(政治から独立し、発信力を有するマスメディアやシンクタンク等)が必要不可欠であるが、残念ながら、現在の日本にはそうした基盤がないに等しく、そこに大きな問題がある。
振り返ると、2013年6月、安倍総理は自身のFBで田中氏を突然名指しで強く批判し、「外交を語る資格はない」とまで述べた。当然、田中氏に対する評価は様々ある訳で、そうあって然るべきであるが、日本ほどの民主主義国家の最高権力者が、一個人(それも今は民間人)に対して名指しで批判を展開するという状況は、正常な民主主義が機能しているとは到底思えず、異常としか思えなかった。あれから2年経ったが、現在の日本において、成熟した民主主義国家に不可欠な、自由闊達な議論は本当に出来るのだろうか。実質的な野党不在の中で、独善的で高圧的な態度に陥りがちな現政権を見ていると、私にはとてもそうは思えない。
但し、本書を読めば分かるとおり、田中氏は決して安倍政権を批判している訳ではない。そうではなく、独善的なナショナリズムや分不相応な価値外交に陥ることなく、現実的で能動的な外交をするためには、米国や英国が有するような、健全な世論の形成に資する中立的なマスメディアやシンクタンク、政策感覚を有した学者、あるいは、田中氏のような職業外交官としての長年の知見に裏付けされた外交有識者の存在が必須であり、そうした多様なアクターが政策決定に携わりながら相互に交流し、自由闊達に議論を交わすことの出来る土壌(環境)が、日本が戦略に基づいた能動的な外交を推進していく上で必要不可欠だと主張しているのである。
前二作と異なり、本書は新書で出版されている。これから迎える数々の困難の中で、日本が時宜を得た能動的な外交をしていくためには、国民の外交政策に対する適切な理解が不可欠であるとの考えのもと、普通の読者が手に取りやすいようにとの配慮があったものと思われる。田中氏は本書の最後に「日本は停滞からも浮き上がることが出来る知恵を持った国」であり、これからも有識者としての自身の役割を果たしていきたいと書いている。外務省を退官し、国益から離れた楽な生き方も出来る中、数々の批判に負けず、今の日本の致命的な欠陥である外交基盤の脆弱さを克服すべく、内外で活動を続ける田中氏の姿勢こそが、本当のnoblesse obligeだと私は思う。出来るだけ多くの人が本書を手に取り、田中氏の願いどおり、日本が能動的な外交を進める上での外交基盤が強化されることを願って止まない。
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日本外交の挑戦 (角川新書) 新書 – 2015/8/7
田中 均
(著)
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世界のパワーバランスが変容し、東アジアをはじめ地政学リスクが増している。今こそ必要なのは、正しい戦略を持った「能動的外交」である。時代の転換点を見続けてきた外交官による、21世紀の日本への提言。
- 本の長さ232ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA/角川書店
- 発売日2015/8/7
- 寸法10.8 x 1.2 x 17.3 cm
- ISBN-104040820053
- ISBN-13978-4040820057
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登録情報
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上位レビュー、対象国: 日本
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2015年8月13日に日本でレビュー済み
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2016年3月27日に日本でレビュー済み
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本書は、田中氏が外務審議官(政務)という次官級ポストを最後に外務省を退官してから10年の節目の年に、「国家と外交(講談社)」、「外交の力(日経新聞出版社)」、「プロフェッショナルの交渉力(講談社)」に続く待望の4冊目として出版された。過去に出版された3冊が、外交現場における迫真の体験談や、その経験から紡ぎ出された外交理論の提言に重きが置かれていたのに対して、本書では、現在進行形の情勢分析や、緻密な戦略に基づく今後とるべき打ち手、国内の外交基盤強化のための具体的提言など、日本外交の未来のあるべき姿にまで思い切って踏み込んでいる。
日本外務省の最高幹部の経験者が、最新の情勢について、在職時と可能な限り同程度の思考の深さで論じる著作は稀有であり、その意味でも極めて意義深い。本書は始めに、冷戦以降の国際社会の構造変化や、ISや朝鮮半島などのリスク分析など、環境要因について緻密に論じたあと、日本自身の立ち位置、すなわちアイデンティティを語り、そのような日本が取るべき戦略を提言、続いて、そもそも論である国内の外交基盤強化のための課題を論述する、という構成である。あたかも、入り口としての表層的な現象分析から、徐々に「外交」という知的な、そして行動的な、深く広い世界に潜り込んでいき、外交を根本から考えさせられる。
氏は一貫して、「大きな絵を描く」ことと「緻密な戦略」を強調する。それは、「大局観を持つ」と「神は細部に宿る」を両立させることと、ほぼ同義だろう。氏がそのような「鳥の目」と「虫の目」で、迫力のある論述を進めていくとき、個々の論点では賛否が分かれることがあっても、それ自体が、巨大な外交の教科書である。その意味では、これまでも、そしてこれからも、国民の外交理解を大いに促すだろうし、おそらく外交官を志す若者にとっても、師であり続けるだろう。
本書で触れられるとおり、北方領土、朝鮮半島、東アジア安全保障など、日本の外交課題は山積している。外交とは、歴史と、その時代のすべての国民の命運を背負って他国と交流し、交渉するとても重い営みである。同時に、すべての国民にとって関わりがあり、誰もがそれを考え、論じたい事柄でもある。健全な民主国家には、自由で、多様な意見の表明や議論があって然るべきであり、成熟した外交意識が国民に醸成されてこそ、戦略的で能動的な日本外交が可能になると思う。その一助として、本書が多くの方々に読まれることを期待したい。
日本外務省の最高幹部の経験者が、最新の情勢について、在職時と可能な限り同程度の思考の深さで論じる著作は稀有であり、その意味でも極めて意義深い。本書は始めに、冷戦以降の国際社会の構造変化や、ISや朝鮮半島などのリスク分析など、環境要因について緻密に論じたあと、日本自身の立ち位置、すなわちアイデンティティを語り、そのような日本が取るべき戦略を提言、続いて、そもそも論である国内の外交基盤強化のための課題を論述する、という構成である。あたかも、入り口としての表層的な現象分析から、徐々に「外交」という知的な、そして行動的な、深く広い世界に潜り込んでいき、外交を根本から考えさせられる。
氏は一貫して、「大きな絵を描く」ことと「緻密な戦略」を強調する。それは、「大局観を持つ」と「神は細部に宿る」を両立させることと、ほぼ同義だろう。氏がそのような「鳥の目」と「虫の目」で、迫力のある論述を進めていくとき、個々の論点では賛否が分かれることがあっても、それ自体が、巨大な外交の教科書である。その意味では、これまでも、そしてこれからも、国民の外交理解を大いに促すだろうし、おそらく外交官を志す若者にとっても、師であり続けるだろう。
本書で触れられるとおり、北方領土、朝鮮半島、東アジア安全保障など、日本の外交課題は山積している。外交とは、歴史と、その時代のすべての国民の命運を背負って他国と交流し、交渉するとても重い営みである。同時に、すべての国民にとって関わりがあり、誰もがそれを考え、論じたい事柄でもある。健全な民主国家には、自由で、多様な意見の表明や議論があって然るべきであり、成熟した外交意識が国民に醸成されてこそ、戦略的で能動的な日本外交が可能になると思う。その一助として、本書が多くの方々に読まれることを期待したい。
2015年8月24日に日本でレビュー済み
巻末に載っている基本文書が憲法九条、日米安保条約第五条および第六条、従軍慰安婦に関する河野談話、戦後50周年の村山談話、小泉北鮮訪問時の日朝平壌宣言、戦後60周年の小泉談話というのは、これは変えられない文章なんだな、ということがわかります。右派が期待した安倍談話が河野・村山談話を否定することが出来なかったのは、これが日本の「国のかたち」だからでしょうか。同時に安保条約の否定できない事実なわけです。ぼくなら、これらに加えてポツダム宣言10条の「我々は、日本を人種差別し、奴隷化するつもりもなければ国を絶滅させるつもりもない。しかし、われわれの捕虜を虐待した者を含めて、全ての戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を行うものとする」も入れたいかな。メチャクチャやられたにせよ、あれですんだのですから。
サマライズすれば、日本外交の制約は敗戦が起因。米国との関係で受身とならざるを得ないのは日本だけではない。国際社会の課題を能動的に解決できるのは米国だけ。米国と協力して行動するのは日本、欧州も国益に合致、などなど。集団的自衛権の問題にしても、そもそも朝鮮半島有事の際には日本の基地から米軍は戦闘行為に出ていくわけですから、そうした際に米軍への戦闘に必要な情報や弾薬などは提供されないとすれば不合理極まりない、という議論にもっていきます(p.110-)。このほか、海兵隊は米軍の中でも真っ先に戦闘に出て行く軍であり、死傷率も高いだけに議会への影響力も強い、なんていうあたりも印象的(p.134)。まあ、普天間の問題もこういうのが背景にあるんでしょうね。
とまあ、いろいろ読んできて思い出すのはこの言葉ですかね。《「対米自主」というのは気持ちとしては分かりますけれども、きつい言葉で言えばナンセンスだと思います》『外交証言録 日米安保・沖縄返還・天安門事件』中島敏次郎、井上正也、中島琢磨、服部龍二、岩波書店p.260
サマライズすれば、日本外交の制約は敗戦が起因。米国との関係で受身とならざるを得ないのは日本だけではない。国際社会の課題を能動的に解決できるのは米国だけ。米国と協力して行動するのは日本、欧州も国益に合致、などなど。集団的自衛権の問題にしても、そもそも朝鮮半島有事の際には日本の基地から米軍は戦闘行為に出ていくわけですから、そうした際に米軍への戦闘に必要な情報や弾薬などは提供されないとすれば不合理極まりない、という議論にもっていきます(p.110-)。このほか、海兵隊は米軍の中でも真っ先に戦闘に出て行く軍であり、死傷率も高いだけに議会への影響力も強い、なんていうあたりも印象的(p.134)。まあ、普天間の問題もこういうのが背景にあるんでしょうね。
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2015年8月23日に日本でレビュー済み
平和ボケし、外交的敗北を繰り返す日本の現状に対し、そうした状況を作りだしてきた元外交官が、言辞を弄して失敗を取り繕い、逃げと現状追認を「挑戦」と言い換える図々しい本です。
「村山談話を断固として維持すべし」と言い放つ考えの何処に「能動」があるのか、何が「挑戦」なものか。
卑怯者の役人の小狡さが結晶化したような、詭弁に満ちた本です。
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